図1 冨安由真《Room of Absence》2016年

美術

| 美術, 北九州市立美術館 本館, 学芸員 |

(不)在の部屋――隠れるものたちの気配

2018.2月号

美術hiroba
美術館へ行こう! 
北九州市立美術館 
学芸員 小松健一郎

 

 兵庫と東京で開催された「怖い絵展」が大盛況だったそうです。ベストセラーとなった同名の書籍をもとにした展覧会ですが、ドイツ文学者・西洋文化史家の中野京子が、名画の時代背景や描かれた物語を読み解いていくことで、一見すると気付かないような「怖さ」が明らかになる、といった点が人気を呼んでいます。
 「怖いもの見たさ」とは、よく分からない恐ろしいものを知り、知識によって恐怖を乗り越えようとする心理だという説があります。そう考えると、「怖い絵展」の鑑賞者は、知識を与えられることによってそれまで見えていなかった怖さを知ると同時に、既にそれを克服しているとも言えそうです。だからこそ、多くの人の注目を集める知的エンターテインメントとして成り立っているのかもしれません。
 一方で、よく分からないもの、理性で捉えきれないものほど怖いという見方もあります。こちらは「怖い絵」とは逆に、最後までその正体が明らかにならないからこそ、不安や恐怖を覚えます。ある種の「不気味さ」といったものも、こうした認識不可能性に根差した感覚と言えるでしょう。
 現在、北九州市立美術館本館で開催中の展覧会「guest room」に出品している現代アーティスト冨安由真は、不気味さや認識の不確かさに強い関心を寄せ、それを作品化しています。これまで神秘主義や心霊現象をモチーフとした油彩画やインスタレーションを手掛けてきた冨安ですが、近年は彼女自身が「部屋型インスタレーション」と呼ぶ、架空の部屋を制作しています。例えば《Room of Absence》(図1、2)は、物が勝手に動いたり、音が鳴ったりするポルターガイスト現象を芸術表現に取り入れた作品です。薄暗い中に家具や本、食器などが置かれた部屋は、鑑賞者にとっては「作品」、すなわち虚構の空間ではありますが、何者かの気配を感じさせ、そこで何かが本当に起こるかもしれないという状況を作り出しています。

図1 冨安由真《Room of Absence》2016年


 とはいえ、この作品は決してお化け屋敷のようなアトラクションを意図したものではなく、虚構と現実が混じり合うようなあいまいさをあえて作り出すことで、現実に対する私たちの認識が不確かなものであることに気付かせます。
 その点で、冨安が「部屋」という形式を用いていることは興味深いと言えます。なぜなら、作品に視覚的な情報だけでなく、音や匂い、床の感触など、さまざまな感覚で捉えられる要素が含まれているからです。博物学者の荒俣宏は、怖いという実感の源を、視覚以外の抽象的な感覚に訴える「見えないもの」や「気配」といったものに求めています。そのため、怖いものを視覚的に表現することは、合理的な精神や美術的技能によって「見えないものを見えるものにすること」であり、時には実感よりも作為が表立ってしまうと指摘しています。このことは、冨安が油彩画単体から、部屋という肌で感じられる空間へと表現方法を拡張していることとも関連しているのではないでしょうか。
 本展では、心霊から夢や無意識へとテーマを広げ、複数の部屋からなる新作を発表しています。夢は異世界の一つとも言える個人の精神世界を反映していますが、そこに普段は隠れているさまざまな感情や欲望が潜んでいるという点で、心霊現象や信仰、祈りにも通じる、心の領域が問題となっています。冨安自身は、この作品を通して現実に対する認識のあいまいさに気付くことが「この物質社会に於(お)いて、今一度世界と自分を見つめ直す重要な契機となると信じている」と述べています。

図2 冨安由真《Room of Absence》2016年(部分)

 

Information
guest room 002 冨安由真 
(不)在の部屋――隠れるものたちの気配

【会場】
 北九州市立美術館本館

【会期】
 1月4日(木)〜3月18日(日)

【開館時間】
 午前9時30分〜午後5時30分
 (入館は午後5時まで)

【観覧料】
 一般150(120)円
 高大生100(80)円
 小中生50(40)円
 ※( )内は20名以上の団体料金
 ※障害者手帳、年長者施設利用証(北九州市交付のもの)を提示の方は無料
 ※本展の観覧料で「ザ・ベスト・コレクション—丘の上の双眼鏡」もご覧いただけます

【お問合せ】
 093(882)7777