写真2 2号環濠出土弥生終末の土器(西から撮影)

自然史・歴史・文化財

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弥生のムラ―上徳力遺跡―

2017.9月号

埋蔵文化財hiroba
遺跡からのメッセージ
(公財)北九州市芸術文化振興財団
埋蔵文化財調査室 
学芸員 梅﨑惠司

 北九州市小倉南区徳力3丁目付近に所在する上徳力遺跡第1地点ほかはモノレール建設に伴い1982(昭和57)年に初めて発掘されました。その内容から弥生時代研究者の中で「北九州市の吉野ヶ里」と呼ばれています。南北に流れる紫川の東岸にあり、これまでの発掘で、食事を取ったり寝たりする場所の中心である竪穴住居、お米などの食糧を蓄えておく倉庫としての掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)、子供用の埋葬施設(まいそうしせつ)である土器棺墓(どきかんぼ) 、大人用埋葬施設である方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)があり、これらの施設は環濠(かんごう)に囲まれていたのです。これを弥生時代の環濠集落と呼んでいます。
 住居や環濠からは大量の土器や石器・鉄器などが出土したことから、非日常的で特別なマツリの跡を予測させました。それらは素焼きで、煮炊きをするための甕(かめ)、食べ物などを蓄えておく壺、食べ物などを盛るための高坏(たかつき)などでした。しかも環濠から出てきた土器は完全な形をし、まだ使えるものが多かったのです。この他に鉄鎌(てつがま)、鉄鏃(てつぞく)、石庖丁(いしぼうちょう)なども完形品でした。
 2016(平成28)年に志井川流域で初めて調査した第27地点(写真1)でも環濠が3条、確認されました。

写真1 上徳力遺跡第27地点全景


この環濠の東側は志井川の川原ですから、西側に住居などがあったようです。今回の環濠からも土器が多く出土しています(写真2)。

写真2 2号環濠出土弥生終末の土器(西から撮影)


また、環濠とは別に確認された自然流路からは木製品や柱材が出土しました(写真3)。

写真3 調査状況(南から撮影)


 これらの年代は弥生時代後期終末です。ですからこれまでの調査範囲を合わせた環濠集落の範囲は数百メートル四方になります。
 このように上徳力遺跡は弥生時代のムラの様子をよく残していました。
 この他、同じ時期で弥生時代の国の一つと考えられる「企救国(きくこく)」の中心的なムラである城野遺跡や重留遺跡などが城野駅付近で近年明らかになっています。米作りを主としたムラが造られ、順調に発展した結果、弥生時代の後半の紫川流域には15余りのムラがありました。こうした遺跡は、開発に伴い発掘され、出土したたくさんの土器や石器が小倉北区金田にある埋蔵文化財センターに収蔵され、一部は展示されています。
 それでは、皆さんのお越しをお待ちしています。



〈埋蔵文化財の展示案内〉
・北九州市立埋蔵文化財センター
  〈小倉北区金田1の1の3 093(582)0941〉
    北九州市を掘る(87) 黒崎城県史跡指定記念
  『黒崎城築城と黒崎宿の繁栄-城下町から宿場町へ-』
    黒崎城に関する古地図パネルや発掘調査で出土した陶磁器、瓦など約70点を展示
    常設展もあり

【入館料】
    無料 

【開催期間】
 8月22日(火)〜12月17日(日)まで

・ 黒崎歴史ふれあい館
   〈八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F〉
  常設展開催中/『城下町から宿場町へ〜出土品が語る黒崎の歴史と文化〜』
   『シュガーロード・発掘物語』

【入館料】
 無料 

【開館時間】
 午前9時〜午後5時
 (入館は午後4時30分まで)
 ※年中無休

【このコーナーの次回掲載予定は11月号です】