木町遺跡 徳利出土状況

自然史・歴史・文化財

| 自然史・歴史・文化財, 北九州市立埋蔵文化財センター, 学芸員 |

「江戸時代の酒屋さん」〜木町遺跡の出土品から〜

2017.11月号

埋蔵文化財hiroba
遺跡からのメッセージ
(公財)北九州市芸術文化振興財団
埋蔵文化財調査室 
学芸員 安部和城

 2016(平成28)年1月から2カ月間、木町遺跡の発掘調査を行いました。この遺跡は、小倉北区木町1丁目に所在しており、西側数百メートルほどで紫川に至ります。発掘調査によって、およそ奈良時代から近代までの遺構・遺物が出土しました。

木町遺跡 徳利出土状況

 

 調査の結果、木町遺跡では、奈良時代のものと考えられる倉庫や、全部で9基の井戸などが確認されました。井戸の使用された年代は江戸時代から明治時代にかけてのものでした。それらの井戸のうち、3基から、各1個ずつ、計三つの上野焼(あがのやき)産の徳利(とっくり)が出土しました。出土した三つの徳利は、二つは完形品、一つは下半部が割れていました。いずれの徳利も井戸を埋める際に、ごみとして投げ込まれたものと考えられます。今回はこれらの徳利について紹介します。
 ここでは便宜的に、出土した徳利を、徳利①、徳利②、徳利③と呼び分けます。
 まず、徳利①は、井戸に捨てられた後、その上から投げ込まれた石によって砕かれた状態で出土しました。さらに、井戸を埋めた土の上部には焼けた土(焼土)が堆積していました。しかし、幸いなことに徳利に彫り込まれている文字部分は残っていました。その徳利には、なんと「木町」と書かれていました。つまり、この徳利は木町の酒屋さん専用に作られたものだということです。

徳利①「木町」(木町遺跡出土の「通い徳利」)


 徳利②は、大きさが30センチメートルほどあり、表面には「馬借町」と書かれています。この文字から、出土した徳利は、木町遺跡のすぐ近く、現在の馬借付近から持って来られたことを意味しています。

徳利②「馬借町」(木町遺跡出土の「通い徳利」)

 

 同様に徳利③には、「古せんば」と書かれており、これも現在の古船場町付近から運ばれてきたことを意味しています。

徳利③「古せんば」(木町遺跡出土の「通い徳利」)

 

 これらの徳利は「通い徳利(かよいどっくり)」といわれており、江戸時代に、酒屋による徳利の貸出サービスによって貸し出されたものです。
 借りた物は返さないといけません。徳利を返しに行くと、ついついお酒を買ってしまいます。これにより、酒屋さんは固定客を持つことができました。そして、通い徳利に特徴的なことは、徳利に酒屋さんの名前や屋号を刻んでいることです。
 つまり、この三つの徳利は江戸時代に木町に住んでいた人が、一つは馬借町の酒屋さん、一つは木町の酒屋さん、一つは古船場町の酒屋さんからお酒を買ってきたという証拠になります。このような徳利が出土することは、あまり多くありません。
 これらの徳利は最終的に井戸の中に捨てられていたことや、井戸の中に焼土があったことから、火災後の処理によって捨てられたのかもしれません。


〈埋蔵文化財の展示案内〉
・北九州市立埋蔵文化財センター
  〈小倉北区金田1の1の3 093(582)0941〉
 北九州市を掘る(87) 黒崎城県史跡指定記念
  『黒崎城築城と黒崎宿の繁栄ー城下町から宿場町へー』
    黒崎城に関する古地図パネルや発掘調査で出土した陶磁器、瓦など約70点を展示
    常設展もあり

【入館料】
    無料 

【開催期間】
 8月22日(火)〜12月17日(日)まで

・黒崎歴史ふれあい館
  〈八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F〉
 常設展開催中/『城下町から宿場町へ〜出土品が語る黒崎の歴史と文化〜』
  『シュガーロード・発掘物語』

【入館料】
    無料 

【開館時間】
    午前9時〜午後5時
    (入館は午後4時30分まで)
    ※年中無休

【このコーナーの次回掲載予定は1月号です】