写真1 京町遺跡第11地点出土のマスタード瓶

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MOUTARDEは文明開化の味がしたのか?

2018.1月号

埋蔵文化財hiroba
遺跡からのメッセージ
(公財)北九州市芸術文化振興財団
埋蔵文化財調査室 
学芸員 山口裕子

 

 2016年8月から10月にかけて、小倉北区の京町遺跡第11地点で発掘調査を行いました。小倉駅のすぐ南側にあり、江戸時代以前には、目の前に海が広がっていた場所です。この遺跡では、近世から明治にかけての海岸線の石垣や赤レンガ造りの排水溝などが確認されています。今回は、ここから出土した一つの瓶を紹介したいと思います(写真1)。

写真1 京町遺跡第11地点出土のマスタード瓶

 

 この瓶は石垣の裏を埋める砂の層から出土しました。この砂の中からは主に幕末から明治にかけての陶器や磁器、瓦などの遺物が大量に出土しています。出土した瓶は径が6・5センチメートルの円筒形の陶器で、口縁部(こうえんぶ) から体部が大きく破損しており、ほとんど底の部分だけが残っている状態です。胎土は淡い橙色(とうしょく)、内・外面ともに灰白色の釉薬(ゆうやく)が掛かっており、外面にはアルファベットがプリントされています。この遺跡ではヨーロッパからの輸入陶器がいくつか確認されていますので、これもその一つかもしれないと思い、調べてみました。
 まず、アルファベットの最後の行に「PARI」の文字が読めました。「I」のすぐ横にも文字の痕跡が見ることができ、「PARIS」と書かれていると考えられます。他にも「des」、「DE」などの文字が見られ、フランス語が記されていると分かりました。
 では、ここには何と書かれていたのか? 文字の部分は半分ほどしか残っていませんでしたが、どうやら、瓶の内容物について書かれているようです。そこには「MOUTARDE(ムータルド=マスタード)」と考えられる文字が見えることから、マスタードを入れる瓶だということが分かりました(図1)。

図1 出土したマスタード瓶に記された文字(赤文字は同型品からの推定)

 

同型品を参考にすると、今回出土した瓶は1850〜1920年ごろに、マイユ(MAILLE)社がマスタード販売用に作ったもので、さらに瓶には「ヨーロッパ最古の酢・蒸留器の問屋」とも書かれていたようです。
 さて、西洋の「マスタード」に対し、日本のからしは「和からし」と呼ばれることがあります。カラシ(芥子)はアブラナの仲間であるカラシナ(芥子菜)の種子のことで、日本では平安時代の『本草和名(ほんぞうわみょう)』(延喜年間)や『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』(承平年間)にもその名が見えることから、古くから薬用などに利用されてきたことが知られます。江戸時代中期、1712(正徳2)年に書かれた『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』の中には、「水を注ぎ芥(からし)の粉を浸せば、甚だ辣(から)し」と記されており、現在の和からしと同様に水で溶いたものを使って、酢味噌(すみそ)やなますなどの料理に利用したことが記されています。
 これに対して、「マスタード」は水ではなく、酢(ヴィネガー)などの調味料を混ぜて作られているため、やや辛みが弱く、酸味があるのが特徴とされます。また、材料はカラシナの他にシロガラシやクロガラシと呼ばれる品種も利用されています。
 このマスタードの生産で有名なのが、フランスのディジョン(Dijon、フランス東部ブルゴーニュ地方の街)です。「Moutarde de Dijon(=ディジョンのマスタード)」とその名を冠したマスタードは他の地域のものとは違って、ヴェルジュ(まだ青い未熟なぶどうの果汁)を使って作られており、ペースト状マスタードの代名詞ともなっています。MAILLE(マイユ)はこのディジョンマスタードで有名な老舗ブランドなのです。ちなみに、現在もマイユブランドのマスタードは販売されており、冷蔵庫に常備している家庭もあるのではないでしょうか。
 今回出土したマスタード瓶については、出土状況などから明治期になって日本に持ち込まれたものと考えられます。もしかしたら、和からしとは違う、このちょっと酸っぱくて、辛みの少ない「マスタード」の味に、当時の小倉の人々は文明開化を感じていたのかもしれません。

※参考文献
 Musée de la Vie bourguignonne, Iln’est moutarde qu’ à Dijon, Dijon, 2005
 堀田満ほか『世界有用植物事典』1989年



〈埋蔵文化財の展示案内〉
・北九州市立埋蔵文化財センター
  〈小倉北区金田1の1の3 093(582)0941〉
 北九州市を掘る(88)
  『北九州市唯一の古代寺院跡ー北浦廃寺(はいじ)第6次調査―』
    八幡西区永犬丸に存在する古代寺院北浦廃寺から出土した古瓦(鬼瓦、軒丸瓦、軒平瓦)や土器など65点を展示
 常設展もあり

【入館料】
 無料

【開催期間】
 12月19日(火)〜2018年4月22日(日)

【開館時間】
 午前9時〜午後5時
 (入館は午後4時30分まで)
 ※毎週月曜日(休日の場合はその翌日)
  年末年始は休館

・黒崎歴史ふれあい館
  〈八幡西区黒崎3の15の3黒崎駅横コムシティ1F〉
    常設展開催中/『城下町から宿場町へ〜出土品が語る黒崎の歴史と文化〜』
  『シュガーロード・発掘物語』

【入館料】
    無料 

【開館時間】
 午前9時〜午後5時
 (入館は午後4時30分まで)
 ※年中無休

【このコーナーの次回掲載予定は3月号です】