『ゼロの焦点』新潮文庫

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鉄道のある風景

2017.10月号

文芸hiroba
清張アラカルト 
北九州市立松本清張記念館
学芸員 柳原暁子

 

 開催中の「清張と鉄道」展は、もうご覧いただけましたでしょうか? 本誌8月号でもご紹介しましたが、清張作品に描かれた頃の懐かしい鉄道旅がよみがえるこの企画展も、残すところあとわずかとなりました。
 清張の代表作には、鉄道が登場するものが少なくありません。「人気作品鉄道今昔」のコーナーでは、作中に登場する鉄道の“当時”と“今”を、列車の所要時間で比較しています。例えば「点と線」で東京―博多を行き来した特急「あさかぜ」は、東京駅を「18:30」に出発し、博多駅に「11:55」到着、今では新幹線「のぞみ」で5時間のところを17時間25分かけて運行していました。また、「ゼロの焦点」では上野駅から金沢駅まで、急行「北陸」に乗って11時間の道のりです。しかし、平成27年に北陸新幹線が金沢まで開通し、今では2時間25分で着くようになりました。

『ゼロの焦点』新潮文庫

 

 現代の感覚からすれば時間のかかる汽車の旅も、半世紀ほど前においては、一晩で遠い他国へ運んでくれる夢の乗り物だったに違いありません。清張作品の登場人物たちは、遠出をする際、しばしば夜行列車に乗っています。「ゼロの焦点」で金沢に向かうため急行「北陸」に乗った禎子も、車中で朝を迎えます。

 横で身体を動かされたので、禎子は目をあけた。
     

(略)


 
方々で窓の遮蔽があけられていて、白いものが走っているのが斜めに見えた。禎子も紐をひいた。音立ててブラインドがはねあがり、流動する風景がひらいた。 
     

(略)
 

 禎子は洗面室のよごれた鏡に向かって化粧した。車体の動揺で足に安定がなかった。重心のとれない格好が、胸がふるえているようで、不安だった。皮膚が荒れて、化粧が思うように伸びなかった。眠ったのは今朝のいつごろだったろうか。富山の駅の灯まではおぼろに覚えていた。

「ゼロの焦点」

 ここでは、夫の失踪を案じる妻・禎子の不安が、列車の動きに重ねられています。また、他人の気配を感じながら列車で一夜を過ごし、物思いでなかなか寝付くことができなかった様子が描かれています。細かな描写から、夜行列車を知らない読者にも、その「動揺」が伝わる場面です。
 『清張鉄道1万3500㌔』(※)の著者・赤塚隆二氏は、「ゼロの焦点」に登場する女性たちが駅を一つ一つ通過していく行為を、〈タイムトンネル〉に見立てています。氏の言うとおり、この作品において、距離は単なる地理的な隔たりを意味するだけでなく、そこに横たわる時間の経過をも意味しているのでしょう。

企画展「清張と鉄道」の展示より


※ 当館奨励事業の報告をもとに2017年11月に文藝春秋より刊行予定(9月11日現在)


Information
平成29年度前期特別企画展
清張と鉄道 ―時代を見つめて 小倉発1万3500㌔

【開催期間】
 8月1日(火)〜10月31日(火)

【開館時間】
 午前9時30分〜午後6時
 (入館は午後5時30分まで)

【会場】
 北九州市立松本清張記念館地階企画展示室

【入場料】
 常設展示観覧料に含む
 常設展示観覧料 
 一般500円 
 中高生300円 
 小学生200円

【お問合せ】
 北九州市立松本清張記念館
 北九州市小倉北区城内2の3 
 093(582)2761