北九州市立松本清張記念館

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清張と東京オリンピック

2017.11月号

文芸hiroba
清張アラカルト 
北九州市立松本清張記念館
学芸員 小野芳美

 サッカー日本代表は2018年に開催されるワールドカップ・ロシア大会への出場を決め、陸上男子100メートルでは桐生祥秀選手が9秒台をマーク。……と、この原稿を書いている9月上旬、スポーツの明るい話題が数多く耳目を集めています。こうして11月号を手になさっている皆さんの心情がはたして「スポーツの秋」にマッチしているだろうかと多少不安を抱きながら、文学者と東京オリンピックの話題をお届けします。といっても、来る2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックではなく、1964(昭和39)年に開催された東京オリンピックのお話です。

 64年のオリンピック開催時、数多くの文学者や評論家が文章を書きました。時事評論などではなく、実際に競技場に足を運んで観戦したルポルタージュが、新聞や雑誌に掲載されていたのです。『東京オリンピック 文学者の見た世紀の祭典』(講談社、1964年12月。2014年1月、講談社文芸文庫にて文庫化)には100編近くが収録されていますが、居並ぶ顔ぶれは実に豪華です。堀口大學、小林秀雄、草野心平など、すでに当時大御所であったであろう文筆家の名前も散見され、「えっ本当にこの人がスポーツの話題を……?」と、目次を一瞥(いちべつ)しただけで驚いてしまいます。
 中でも最も数多く執筆しているのは三島由紀夫です。10月10日の開会式を皮切りに、三日にあげず、さまざまな新聞に観戦記を寄せています。ボクシング、重量挙げ、レスリング、陸上、水泳、体操。経過や結果だけではなく、場内の引き締まった空気や、試合前後の選手の表情をも無駄なく伝える文章は、報道記者によるものとは異なる臨場感があります。
 女子バレーボールはこの東京大会から正式種目となった競技の一つです。注目の決勝は「東洋の魔女」と称された日本チームと強豪ソ連(現ロシア)との全勝対決となりました。この世紀の一戦に立ち会った三島は、この競技の持つ美しさや両チームの選手を冷静に描出します。そして接戦を制し勝利を手にした日本選手たちを目の当たりにし、抱き合って泣く姿にこみあげてくるものがあり、生まれてはじめてスポーツを見て涙を流したと述べています。

 さて、この本に収録された「解放と別離の陶酔」は、松本清張が東京オリンピックに言及した数少ないエッセイです。10月24日、清張は国立競技場を埋めた7万5千人の観衆の一人として、スタンドで閉会式に臨んだのでした。
 おごそかに整然と入場する開会式と異なり、各国の選手たちが入り交じり、リラックスしながらスタジアムに現れる閉会式のスタイルは、今日では当たり前ですが、初めて行われたのはこの東京大会でした。当初から計画されていたわけではないものの、好評だったので定番化したそうですが、この光景を目の当たりにした清張の筆はとても好意的です。次第に濃さを増す宵空が閉会式のうら淋(さび)しさをいや増すなか、突然にぎやかに無秩序に登場した選手たちの姿に、オリンピックが持つ非日常の祝祭感をみとめ、「開会式には素直に感動があった。秩序の感動である。閉会式は、万事が終ったという解放感と別離の陶酔である」「競技場全体が一つの野外劇場であった」と述べます。
 開会式の直後に、世界では、緊迫した国家情勢を反映した事件が起きていました。そのとき「瞬時にオリンピックが色あせてみえ」、「世界は一つ、でなかったことがわかった」と清張は振り返ります。しかし、「スポーツによる世界統一という理想」が「錯覚だったと気づけば、それなりに意義がある」と冷静に分析したうえで、それでも「次のメキシコ大会まで何ごともなく時が流れてゆく」ことを清張は祈念しています。長くはない文章ですが、絵画的な描写と落ち着いた分析に清張らしさが溢れています。
 上でご紹介した本では、清張のほか、井上靖や三島由紀夫、石原慎太郎、北杜夫、大江健三郎による閉会式についての文章が収録されています。さすがに並んで座ってはいないでしょうが、このメンバーが、スタジアムという場で同じ瞬間を共有しあっていたのかと想像するだけでも不思議な感慨が湧いてきます。
 文学者たちの描く観戦記を1遍ずつ語るには紙幅が足りません。ぜひ、読書の秋とスポーツの秋をあわせて楽しんでみてください。



Information
北九州市立松本清張記念館
北九州市小倉北区城内2の3

【開館時間】
 午前9時30分~午後6時
 (入館は午後5時30分まで)

【常設展観覧料】
 一般500円 
 中高生300円 
 小学生200円

【お問合せ】
 093(582)2761