『或る「小倉日記」伝』(新潮文庫)

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「諦念」の底にある「抵抗」

2017.6月号

文芸hiroba
清張アラカルト 
北九州市立松本清張記念館 
学芸員 柳原暁子


 時々、「あなたがいちばん好きな清張作品は何ですか?」と聞かれることがあります。正直、どれか一つと言われると、なかなか決められなくて困ってしまいます。そういう時は、「お薦めの作品」として「或る『小倉日記』伝」を挙げることにしています。

『或る「小倉日記」伝』(新潮文庫)

 その主な理由は①芥川賞受賞作であること②古い小倉の街が描かれていること、です。
 この作品が芥川賞を受賞した経緯はユニークです。当初、直木賞候補だった本作は、むしろ芥川賞にふさわしいとされ、最終的に第28回受賞の栄誉に与(あずか)ります。このように、高い評価を得たこともあって「或る『小倉日記』伝」は清張の初期作品の代表作に数えられます。 
 また、古い小倉の街が描かれているという点で、市民にとっても、初めて小倉を訪れた方にも、親しみを持ってもらえる作品です。鷗外作品の引用からは明治30年代の小倉が、主人公が生きた時代としては昭和初期の小倉が描かれています。

「文藝春秋」1953(昭和28)年3月

 「或る『小倉日記』伝」は、森鷗外の小倉での足跡を、不自由な体で訪ね歩く青年・田上耕作の物語です。鷗外の「小倉日記」が発見されたのは、耕作の死からわずか2カ月後でした。清張はこの小説の最後に〈田上耕作が、この事実を知らずに死んだのは、不幸か幸福か分からない。〉という一文を置いています。 
 この結末は、読者にさまざまな読後感をもたらします。「耕作の努力は無駄ではなかった」などの一方で、「なぜこんな暗い話を清張は書くの?」「救いがない」という苦情めいた感想も聞かれます。
 清張は、「或る『小倉日記』伝」が収録された『風雪』(※1)という本のあとがきで次のように書いています。
 〈この集の五つの短編には、それぞれ私の心を仮託した人間を描いた。モデルとまではいかないが、そのモチーヴとなった人物は実在していた。(略)この五つの主人公をならべてみると、いずれも共通の性格がある。孤独の抵抗である。〉 
 ここにある〈孤独の抵抗〉―周囲から理解されず、孤軍奮闘する―というのが、清張の初期作品に通底する人物の姿であり、「或る『小倉日記』伝」の耕作にも託されたテーマの一つです。
 また、清張が鷗外を語るとき、その代表的な思想の一つである「諦念(ていねん)」をしばしば持ち出します。「『かのやうに』について」(※2)という文章でも、鷗外の小倉時代を、〈この間に鷗外が後で言うところの「レジグネーション」あきらめと言いますか、そういう思想が培われたのではないかと思いますが、その底には、やはり中央に対する抵抗があったと思います〉と書いています。この「諦念」に、清張は強く惹(ひ)かれました。背景には、自身の自由に羽ばたけなかった少年時代や、学歴社会の壁、日本の敗戦といった経験があったのでしょう。個人の力ではどうしようもない運命に押し流され、しかし抵抗せずにはいられないちっぽけな存在が、清張作品に登場する人物なのです。

※1 『風雪』〈1956(昭和31)年・角川書店〉に収録された作品は「断碑」「石の骨」「笛壺」「菊枕」「父系の指」「或る『小倉日記』伝」である(「五つ」とあるが実際は6編から成っている)
※2 「鷗外」第一号〈1965(昭和40)年10月・森鷗外記念会〉掲載

Information
北九州市立松本清張記念館
北九州市小倉北区城内2の3

【開館時間】
 午前9時30分~午後6時
 (入館は午後5時30分まで)

【常設展観覧料】
 一般500円
 中高生300円
 小学生200円

【お問合せ】
 093(582)2761