演劇

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「良き観客」とは

2017.9月号

演劇hiroba
演劇の街は、いま 
大塚恵美子演劇事務所 
代表 おおつかえみこ

 市外に新しくできた小劇場を訪れた際、ちょっと面白い体験をした。上演されたのは音楽やダンス、一人芝居で構成された、社会問題をやや象徴的に表現した作品。そこに、おそらく未就学児であろう男の子を2人連れた母親がやってきて、最前列に陣取った。
 上演時間は途中休憩なしの約80分。母親は熱心に舞台に見入っている。一方、子どもたちは、最初はおとなしく座っていたが、40分を過ぎたあたりで我慢の限界がきたのだろう、そわそわと動き始めた。ファンタジックな要素はあれど、やや難解な部分もあるので仕方がないといえば仕方がない。
 ここで最初の驚きポイントだ。母親はちょっとは気がまぎれるかと思ったのか、子どもにおもちゃを与えた。そのおもちゃは、何かの変身グッズなのか、パーツをはめたり引っこ抜いたりして遊ぶタイプのもの。これ以降、決して広くない劇場全体に“カチャカチャ”という音が響きわたることとなる。

写真はイメージです、本文とは関係ありません


 ちょうどそのタイミングで、“客いじり”をするシーンがあった。登場人物が客席に下り、観客と会話し、飴(あめ)をプレゼントして、客席の空気はなごむ。これが件(くだん)の子どもたちには「リラックスしていいんだ」というサインに思えたのか、ますます傍若無人に振る舞い始めた。ステージは客席から1メートルほどの高さがあったのだが、席を離れて、そのステージぎりぎりに近づき、登場人物に自分の持っているおもちゃを差し出す始末。そして、第2の驚きポイントだが、母親はこれら一連の子どもたちの動きを全く制止しなかったばかりか、おもむろに一眼レフのカメラを取り出し、子たちをしっかりフレームインさせて舞台の写真をパチリ。そして何事もなかったかのようにまた舞台に見入ったのだ。
 会場内は、舞台に集中しているので多少の雑音は気にしない人、「まあ、子どものやることだからいいじゃないの」と大らかに構えている人、「邪魔だなあ」といらついている人、さまざまであったように思われる。
 ちなみに、この作品は「未就学児入場お断り」ではなかった。また、開演前の“前説”では、上演中の写真撮影については何も触れられなかった。なので、この母親の行為がNGなのかどうかは、意見が分かれるところかもしれない。
 劇団としては、「子どもがいるから」という理由で観劇をあきらめてもらいたくないので、あえて入場者の年齢制限を行っていないということらしい。また、あの場面で劇団員が舞台の真ん前にいる子どもの所に行って、(当然観客全員の目に晒(さら)されつつ)席に戻るように促したり、無理に動かそうとしたら、せっかく集中して舞台を観(み)ている観客の邪魔になるかもしれないという恐れから積極的に動けなかったとも聞いた。劇団側の対応にもいろいろと意見はあるだろう。

写真はイメージです、本文とは関係ありません


 ふと思い出したのは、数年前、仮設舞台を十数カ所組むような、大きな演劇フェスティバルの総合プロデューサーが言った言葉だ。「観客の質が変わった。今や小劇場で見知らぬ人と肩や膝が触れた状態での観劇を嫌う観客が増えた。作品を観ている皆で空気を共有することに楽しさを感じる人が減ってきているようにも感じる」
 観客は、演劇作品の最後の1ピースだ。しかも、最も重要なピースであり、もっといえば、最も重要な登場人物なのである。もしも、上演中に写真を撮ってSNSにあげる行為がその作品を充実させるならばどんどんやってもいいとさえ思う。創り手と観客のコミュニケーションもまた、変容していくのだろう。
 今回は市外の劇場での出来事だったが、北九州市ではどうだろうか。「マナーの良い観客」というよりも「上手に作品に参加できる観客」がたくさんいる街であってほしい、と思う。